デニス・ロッドマンの名言から学ぶ37の人生の掟

今回はデニスロッドマンの人生と、彼の自伝書から37の名言を抜粋して紹介したいと思います。

デニスロッドマンとはマイケルジョーダンが活躍した当時、一緒にチームメイトだったNBAを代表するバスケットボールのスター選手です。試合ではほとんどシュートは打たず、ディフェンスとリバウンドのみに集中して7年連続リバウンド王を取るなどそのエッジが効いたプレイと実力で注目を浴びました。

また彼の私生活もファンキーで、女装をして派手にイベントやったり、自分がバイセクシャルだと公言したり、試合があっても毎夜パーティー三昧だったりと、当時男らしいことが当たり前のスポーツ界でその言動も注目を集めていました。最近では北朝鮮に訪問して金正恩はいい奴だったぜと言って物議を醸し出していましたね。(*彼の北朝鮮に対する発言を支持する意図はありません)

私が中学校の頃バスケットボールをやっていた時に彼の自伝を読んだのですが、そんなクレージーと周りから見られていたデニスロッドマン、実はめちゃくちゃ筋が通っててかっこいいんです。

今回はそんな彼のクレージーな発言からピックアップしてお送りしたいと思います。まず彼の生い立ちからざっくりと紹介します!

シャイで目立たなかった子ども時代

今の派手なスタイルからは想像もつかないですが、子ども時代はとてもシャイだったそう。19歳からなぜか急激に身長が伸びバスケットボールで活躍できるようになり、大学でその実力を発揮し始め、NBA入団後はデトロイト・ピストンズで2度の優勝を達成。しかしスター選手にはなったものの、次第にNBAで求められている「男らしく、子どもの模範となるようなロールモデル」を演じることが苦痛になり、耐え難いものに。

ロールモデルになることをやめ自分をさらけ出す

ある日精神的に追い詰められたロッドマンは一人車の中で銃を膝の上において自分に問いかけます。

ここで銃で自分の頭をぶち抜くか自分を解放して好きなように生きるか。

苦悶の末、自分自身を解放して生きることを選択。その日の夜は安心して眠ったようですが、次の日の朝心配した友人や警察に取り囲まれていたらしいですw

それ以降の彼はまず髪を赤に染め、全身にタトゥーを掘り、毎夜パーティーを繰り広げるようになり、さらに公衆であろうと女装し、自分自身との結婚式を企画して花嫁姿になったりと、自分の思うがままに、やりたいことをやる。もちろん、NBAのお偉いさんからは煙たがれるのですが、そんなこともお構いなし。自分の信じるがままに行動していきます。

そんな破天荒な私生活になりましたが、それでもコート上ではビシっと結果を残します。リバウンド王も取り続けシカゴブルズの3シーズン連続優勝に大きく貢献。そこがまたカッコイイ。

そんな彼が書いた自伝、「Walk On The Wild Side」から力がもらえる言葉、勇気がもらえる言葉を引用していきます。今回はあえて、引用をそのまま載せていきます。私の解説がない方がその熱いパワーが伝わっってくることでしょう。

デニスロッドマンの勇気がもらえる言葉

メディアがみんなに信じこませようとしているのとは逆に、俺は外見的なイメージを利用して金儲けをすることを目的としてねえし、自分を見失った利用されるだけの操り人形でもない。32年間かけてようやく本当の自分がわかり、ダサイ人生には見切りをつけ楽しんでる。

余りにも長い間、俺は頭のなかで思い描いていたことを実行に移す勇気がなかった。俺は自分の人格の中の違った面を探求したかったんだ。セックスや酒にめちゃ興味があったし、とにかくルールを無視して破天荒に生きてみたかった。しかし周囲から認められずに阻害されることにビビッちまって、思え描いてた様々なことを封印して周囲と溶け込むことに甘んじてた。

髪を染めたり、ヌード写真を撮ってもらったり、タトゥーを見せびらかすのも自分の個性と自由を表現する手段だからだ。俺は自分の真実の姿を見せることを全く恐れてないから、自由奔放かつオープンに人生を送る。

俺がワイルドに生きる本当の理由は自分自身のためだ。自分の人格には様々な面があり、俺は非常に思慮深く知的だ。

自分を解放して以来、俺は自分自身に大事な約束をしている。毎日を大晦日にすることさ。言い換えれば毎日がなんらかの祝い事でなければならないってことだ。

パーティーを軽く考えちゃいけない。俺にとっては人生を満喫する最高の方法さ。興味をそそる人間に会えたり、予測不可能な状況をつくりだす機会を与えてくれる。何の変化もない家のなかに閉じこもっていたら、可能性を限定してしまい自分自身を閉ざしてしまう。外に出なければ、試されることもなければ不慣れな状況に置かれることもない。つまり、夜から何も得るものはなく、自分自身に関しても学べない。

俺のほとんどの友人は白人だ。ニガーよばりされたり、警察に車を止められたり、車に石や感を投げつけられたりと一通りの人種差別を経験してきたが、俺は肌の色を基準に物事を判断して来た覚えは全くない。

俺は心のおもむくままに行動してこその人間で、絶好時には愛の中に存在する。だからこそ、自由かつ求められてる気持ちになれるってことで女装するんだしな。

自殺する代わりに俺は、こびへつらい、臆病者が辿るような安全パイの人生には見切りをつける誓いをたてた。頭を使って勇気を持って、人生を最高に楽しまなきゃウソさ。「ベイビー、ワイルドサイドを歩こうぜ」ととびっきりの笑顔を忘れずに生きなきゃならない。

ロール・モデルに恥じない健全な人間として世間からみられているとマジに考えて、公衆の面前で自己解放できないでいるスポーツ選手にはなんか悲しいもんがあるぜ。ロール・モデルなんてクソくらえだよ。(中略)もし俺をロール・モデルとしてとらえたいのなら、決して自分を安売りせず、自分の誠実さは命を賭けて守り抜けという原則を胸に刻みこんでおけ。

どうしてイメージにそんなにも取り憑かれちまうのかね?CM契約が決まりカネを稼げるからか?たまんねえな。魂を売り渡してまですることかよ?俺はありのままの自分をさらけ出して好きなように生きるまでだけどな。

この世に普遍的かつ意義あることなんてあまりないんだぜ。カネ、仕事、自由、安らぎを奪われたとしても誠実さは守り抜けると思うんだ。

毎日、俺は試してみたい新しい物事を思い浮かべては、忘れないように次々と頭のなかのリストに加えて行くから、決して満足することはない。リストが存在する限り、毎日が未知の分野を開拓していく冒険になるのさ。

俺が言いたいのは、ボーっと生きてんじゃねえってことさ。起きてる時間は、五感を最大限に働かせて、すべてを感じて生きろよな。夢を追い求めるのは結構だが、空想に終わらせずに、ビシッと目を開けている現実で実現させろ。

世間から型にハマった生き方を要求されるが、流されちゃいけない。あるがままの自分をさらけ出す努力を惜しまなければ、人生を自分の価値判断で生きなければならないことに気づき、解放されるはずさ。内面的な葛藤もなくなり楽になれるぜ。非常に多角的な視点から人生を楽しむことができるのさ。

たとえ自分が同性愛者、チビ、ブス、あるいはシャイな人間であろうと自分の殻を破って、生きなきゃウソだぜ。この地球上で生かされているすべての瞬間が貴重であり、ビビって隠れてる暇なんてないはずだ。

自分が何者であろうと、誇りをもって生きるべきだ。そして世間に対してあるがままの自分を堂々とさらすべきだぜ。結果、他人が自分の言動に対して苛立ちや不満を見せたとしても、それは自分のせいではなく連中自身の問題だ。

人間誰でも過ちを犯す。俺自身も数え切れないほど間違いを犯し、そのたびに周囲の人間から許されてきた。だから俺も他人の過ちに対して寛大であろうと心がけている。

自分以外の他人に自分の生活を支配させちゃいけない。他人を管理して当然だと思っていやがるような連中の指図、命令に従った生活は楽かもしれない。けれど連中の決める規則を受け入れる必要なんかないことに気づいてもらいたい。

最終的には自分の心のなかで権威に従うか、立ち向かうかを決めなければならない。権威ある連中が命令することが筋道通っているかどうかを自分自身によく問いかけてみろ。自分の心を支配している限り、誰の操り人形になることはない。

仕事はビシっとやれ、だけど上司に媚びへつらうことはするな。

(娘には)一所懸命に努力することの大切さを学んでもらいたい。人生における目標や夢を実現させていくためには努力しかないからだ。何度も挫折を繰り返しながら、努力に努力を重ねなければ夢を実現させることはできないことを知ってもらいたい。そして、努力した結果には大きな報酬が待っていることを知ってもらいたい。

(娘には)将来、世間で様々な試練に直面するだろうし、自分自身の主義主張に誇りを持てるような強い人間になってもらいたいんだ。そして人生は権力闘争ではなく、素晴らしい旅だということを体験していってもらいたい。

毎日、俺は精神的にも、そして感情的にも苦痛を自らに課している。自分の限界に挑戦するかのように苦痛を与えてしっかりと受け止めるんだ。そうして世間と俺は戦ってきた。自ら率先して苦痛を与え続けてきたので、他人が俺を傷つけることなんかできない。

俺が人生で何か貢献できるとすれば、この社会の何重にも重ねられたウザッタイ常識とやらを崩して、助けを必要としている人たちの辛い現実を少しでもやわらげることだ。

恐ることなく自分の発言に対して誇りと勇気を持てば、多少物議をかもしても関係ないだろ?

自由かつ創造的な思考が俺たちの存在意義だといっても過言じゃないから、ときには危険を冒してでも障壁を打破して意見を貫き通さなければならない。心を自由にして、お仕着せの常識なんかにとらわれるな。自分が正しいと信じることに対しては、いかなる条件であれ堂々と主張しなければウソだぜ。

人生は短すぎる、楽しまなきゃウソだぜ。俺のダチは世界で最も高貴な連中とはほど遠いが、共通して人生を攻撃的かつ前向きに送り、些細なことで行き詰まらない強さを持っている。俺たちの態度には何か一種の切迫感があるが、それは人生がはかなく慈しむべきものであることを十分に認識しているからで、脇で落ち込んでる暇なんてないのさ。

保守的な連中は俺たちのそんな態度や行動を忌み嫌うが、それは連中が恐怖心にあふれてるからなんだぜ。あまりにも多くの人たちが心を解放できないように管理され大人になっちまったから、限りない可能性を自ら遮断してしまっている。心の底から楽しみ興奮できることにビビッちまって自分を自由に解放できずにいる。みんなワイルドになる資質を心のなかに持っているはずなのにな。

単にスパークして楽しむことをいってるんじゃない。人種問題から政治経済にいたる日常生活に関わるすべての事柄に対して、自分の心を開かなければならないことを言ってるんだ。固定観念のように何事もこうでなくちゃならないって考え過ぎなんだよ。

俺の基本的な哲学は、何事も否定し除外しないということなんだ。

不可能なことはない。俺は過去に起きた事を分析したり、未来に起こりうる事をイメージ化するのに莫大な時間を費やしている。まるで頭のなかで常に炎が燃え上がっているようさ。

精神科医の診断を受けたこともあるが、全員、俺は問題なくバランスのとれた人間とまで言ってくれた。理解不可能な事柄に焦って定義付けするのに時間を無駄にすることよりも、今を生きることに集中しようぜ。定義付けや分類なんて後回しにすりゃいいのさ。

いまを生きる俺たちがどんなに必死こいても、現在進行形から抜け出すことはできないんだよ。そして永遠のときの流れのなか、俺たちは歴史に封印されちまうんだからな。だから熱い情熱で一所懸命に笑い、叫び、泣いて、愛しながら生きるしかないんだよ。

俺は今を生きるのにクソ忙しいんだぜ。

魂の奏でる音楽に耳を傾けろ。

実は自分も究極なシャイ野郎なんです。それはもう反射レベルで、恥ずかしいって感じちゃうんで。でもそんなん超面白くないし、ぶち壊したいなと。もっと自分さらけ出せるようになるためにもこのブログ書いてます。自分の人生生きようぜ!

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